ぬい活って結局、何を撮ってるの?

去年のクリスマスの話。
娘はサンタに、ぬいぐるみを頼んだ。
そうそう、以前書いた
あの、かなり間抜けなサンタ代行の話につながる。
(気になる方のために、ここにそっとリンクを置いておく)
娘からサンタへのお願い事を聞いたとき
一瞬「えっ、いまだに?」と正直思ってしまった。
自分が子どもの頃、同じ年頃で『ぬい愛』を見せると
「そろそろ卒業しなさい」と、
どこか心配された空気をうっすら覚えているからだ。
でも、今はちがう。
ぬいぐるみって、
「幼児や赤ちゃんのおもちゃ」という役割だけじゃないらしい。
それよりもう少し、近くなったような。
心も一緒に預けられる存在になっている。
いわゆる、ぬい活というやつだ。
たとえば大人が一緒にぬいとお出かけし、写真を撮って
ちいさな物語や思い出を作る。
それは「好き」を無理なく外に連れ出す方法でもあり
その日の気分や出来事を、
自分の『推し』を形にしたぬいぐるみで残す工夫でもあるのだと思う。
それに、ぬいぐるみなら文句も言わない。
主役にしやすい。
天気に左右されるロケにも、
何十回の撮り直しにも、機嫌よく付き合ってくれる。
うん、合理的。
ところで、ひとつだけ気になっている。
どうして「自分」じゃなくて、
「ぬい」だけを記念撮影したくなるのだろう。
顔を出すのは、ちょっと気恥ずかしいからかもしれない。
ぬいのほうが、感情をのせやすいからかもしれない。
あるいは、ぬいを通したほうが、
その日の出来事と、ちょうどいい距離を保てるからなのかも。
理由はきっと人それぞれで
ぬいの存在意義もきっとぬいの数だけあるのかな。
ただ、手のひらサイズの主役に託した
「好き」や「楽しかった」が
ちゃんと写真に残っているなら、
それで十分なんだと思う。
──そういえば、少し前に用事で出かけた先でのこと。
二十代くらいの女性が、
ポケットからぬいをすっと取り出し、
背景や光を確かめながら、何枚も写真を撮っていた。
(もちろん、周りへの配慮も忘れずに)
その手つきが、やさしくて、でもちょっと職人で。
かわいいのに、たのもしい。
「好き」をまっすぐ扱える人は、
見ていて気持ちがいいな、と思った。
自分も小さい頃に、
こんなふうに「好き」を扱える時代だったら
よかったのに。
娘もいつか、同じように
サンタにもらった子でぬい活デビューするのかもしれない。
ロケ地を探して、
風で転がらないようそっと支えて、
ベストショットにひとりでほくそえむ。
そんな姿を
私は少し離れたところから、
静かに見送りたいと思う。
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