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テキストでつづるエッセイ「ふみの文」
朝マックからはじまる母の、とある休日

朝マックが好きだ。
休日の朝、ふと早く目が覚めることがある。二度寝しようと思っても目が冴えてしまい、「よし、マクドに行こう」となる。目覚まし時計もいらない、胃袋がコンパスだ。
家族が寝静まっている間に、そそくさと着替えを済ませ、近所のマクドへと向かう。
ところで私は生粋の関西人なので、正確に言うと「マクド」と呼ぶのがしっくりくる。「マック」って言ったら、ちょっと標準語に浮気したみたいで背中がむずがゆいが、朝マックはなぜか朝マックと言ってしまう。「朝マクドに行ってくるわ」とは言わない。これはなぜだろう。CMでの刷り込み効果なのか。
話を戻す。私が運転する車はガラガラのマクドの駐車場に停まる。
2階の窓辺の席が、私のお気に入りだ。昼間なら子ども連れや学生でごった返すその席も、朝はがらんとしている。静かに差し込む朝日を浴びながら、窓越しに街の通りをぼんやりと眺める。ここは私だけの“朝の特等席”だ。
周りを見渡すと、他のお客さんたちもそれぞれの小さな世界を楽しんでいる。
新聞を読みふけるおじさん。ノートパソコンをカタカタと軽快に叩く青年。難しい顔をして問題集を解いている高校生らしき女の子。パジャマ姿のままパンケーキをほおばる親子。
誰もが自分の朝を勝手気ままに過ごしていて、それが妙に心地いい。
こういう「みんな違ってみんないい、我周りには関せず」みたいな空気感が、私はたまらなく好きなのだ。
今日の私は、特にやることもなく、ただこの空気を吸い込みに来た。テーブルに運ばれてきたアイスコーヒーを一口。ひんやりとした苦みが喉を通り抜けると、頭の中までスーッと澄み渡っていく。控えめに聞こえる店内BGMをなんとなく聴きながら頭を空っぽにして座っていた。
家にいれば、洗濯、掃除、献立、子どもの宿題の監督…いくらでも用事が追いかけてくる。でもここにいる間だけは、母であることを一時休業できる。
私はいつも、喧騒の中にいる。子どもの声、テレビの音、訪問販売のピンポン。平日ならば仕事のメール通知、会議の声、指示を脳内で反芻して考えに考える仕事内容。それらから離れて、この静けさを体いっぱいに溜め込む。まるで充電池のように、自分の中に「静かな朝の残高」を蓄えていくのだ。
しばらくすると、パジャマ親子が満足げにパンケーキを食べ終え、新聞のおじさんは立ち上がり、ノートパソコンの青年は電話がかかってきて席を離れた。空気が少し動いたのを感じて、私もそろそろ腰を上げることにした。
「さあ、帰ろう。」そうつぶやいてコーヒーを飲み干す。休日の母親にとって、本番はこれからだ。家族が起きてきて、朝ごはんを作り、洗濯物を回し、昼にはもう外出の準備。子どもにとっての休日は遊びの日だが、母にとっての休日は戦いの日でもある。だからこそ、この“朝マック”が欠かせない。ほんの一時間の自分だけの静かな時間が、これからの一日を笑顔でやりきるための隠しエネルギーになるのだ。

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